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Dance Base Yokohama

Dance Base Yokohama

子どもたちになにを手渡すか:柿崎麻莉子『hopee』評

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|柿崎麻莉子『hopee』 
愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi

 

 柿崎麻莉子の『hopee』は子どもを主要な観客層に数えたダンス作品である。一方で『hopee』は公演の建付上、少なくとも今のところ、子ども向けの作品であることをそう声高に銘打ってはいないように思える。私が鑑賞した愛知県芸術劇場でのパフォーミングアーツ・セレクション2025では、客席の前方に子どもたちが並んでいたものの、親子連れの観客が全体に占める割合はそう高くなかった。それは公演のショーイング的な性格もあってのことだったかもしれないが、それでもやはり『hopee』は、劇場という場から排除されがちな子どもという存在を相手取りながら、一方で客層が親子連れに限られることも今のところ望んでいないのだろうと推察する。
 子どもも大人も楽しめる作品を、と、言葉に表すと平易なようだが、実際に追求しようとするのは困難なこの課題に対し、『hopee』は子どもを真摯に相手取ることで向き合っていたように思う。真摯に、という私の印象は、いわゆる「子ども向け」の作品にありがちな、子どもの想像力に対する見くびりを含んだ、押しつけがましいイメージが見受けられなかったことからきている。その表現には説明的なところがなく、めくるめく勢いでさまざまなイメージが展開されるその舞台は、観る者の想像力への信頼の上に成り立っているとしか思えない。そのうえで『hopee』は鳥笛や、火や水の音、原色に近い照明など、人間の原始的な感覚に訴える要素をふんだんに駆使して私たちの想像力をさかんに触発しようとする。ウクライナの国旗を思わせる、鮮やかな青と黄色のシートを中空に張り出した舞台美術も、楽し気な遊技的印象を醸し出しつつ、妥協なくシャープでスタイリッシュだ。
 この種の妥協のなさは、供されるイメージの内容にも及ぶ。たとえば、次のようなシーンがあった。照明が落とされて暗くなった舞台に、ともすれば空襲警報のようにも聞こえる奇怪でおどろおどろしい音が鳴り響き、舞台奥に張られたスクリーンには黄色いライトのあかりが怪しく照らし出される。その不穏さは、ここに戦争のイメージを重ね見ることを誘発する。やがてスクリーンの下方から、出演者のひとり、高橋佑紀がゆっくりと転がり出てくる。本来彼岸に属するべきはずの存在が薄い皮膜を超えてこの世に生れ落ちてしまったかのように、あるいは異国の者が、乱暴を働くために境界を侵犯して、この地にやってきてしまったかのように。やがて警報のような音響は激しさを増していき、災禍を思わせる赤い照明の落ちる舞台の上で、高橋は荒々しく激しい踊りを繰り出していく。

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|柿崎麻莉子『hopee』 
愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi

 あるいは、破裂する風船。戦禍を思わせる先のシーンの後で、あちらとこちらとを隔てる境界のように働いていたスクリーンが取り払われて、4名の出演者たちは風船割りの遊びに興じ出す。争いが終わり、平和がもたらされたことを示す、朗らかで愛らしいシーンに思えもするし、風船が惜しみなく割られていくのを見るのは客席の子どもたちにも楽しいことに違いないが、その矢継ぎ早な破裂音に凶暴なニュアンスがこめられているのは否定しがたい。ここでは平和は、遊戯は、暴力を内に抱え込んだものとして差し出されるのである。しかしその上で特記しておきたいのは、音楽のボリュームが大きめに調整されているために、破裂音の騒がしさは相対的に弱められ、子どもたちを泣きわめかせるにはいたらなかったということである。いわば、暴力の安全な手渡し。
 子どもたちを観客に据えたダンス作品として、『hopee』にはこの種の行き届いた配慮があるが、しかし妥協や容赦はそこにはない。これから子どもたちが直面していく世界のイメージを、その美しさと残酷さとから目を背けずに手渡そうとする、真摯な努力がなされているのだ。それゆえにこそ本作は、子どもと大人の垣根を越えて、多くの人に世界との出会い直しを促すだろう作品になっている。

 

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|柿崎麻莉子『hopee』 
愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi

 作品の全体を貫通する軸をなすのは、異種の存在との出会いと別れのドラマである。作品の題にもなっているhopeeを私はなにか鳥のような生命の名前として受け取ったが、この飛翔する存在につれられて世界の広さと奥行きとに巡りあうことの驚きが、作品の駆動力となっている。作品の終盤部でhopeeはどこかへ姿を消してしまい、吉田渚がその名前をしきりに呼びかける。するとやがてLiel Fibak演じるhopeeが、舞台の奥からごく静かに、ごくゆっくりと、こちらに歩み寄ってくる。こちらに近づいてくるはずのhopeeが、もはやすでにこの世ならざる場所に身を置いているのが否応なく伝わる、夢幻能を思わせる幽玄なシーンであり、本作きっての見どころといってよい。
 それにしても、作品のなかごろでカーテンコールが挟まれたのには意表を突かれた。
4人の出演者がはじめて一堂に会し、スタイリッシュなユニゾンを踊り切った後だけに、確かにクライマックスに相応するボルテージが空間に充満していたのは確かだが、それにしても事前に耳にしていた公演時間からはずいぶん早いタイミングで、演者が前に出てきて挨拶をしたのだ。しかもその後すぐ、まるで何事もなかったかのように踊りは続いた。本当のカーテンコールの後でも、柿崎は子どもたちを舞台に招き入れて踊りを続けたが、このようにいつまでも続けられる踊りに対して、別段驚く必要もなかったのかもしれない。終わりの後に新たな始まりが芽吹くことはこの世の一つの理であるし、それは『hopee』が観客に手渡そうとした希望の内実でもあったように思えるからだ。

2026年1月20日
植村朔也
メンター:竹田真理

 

Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場×メニコン シアターAoi  パフォーミングアーツ・セレクション2025 Festival Edition|柿崎麻莉子『hopee』 
愛知県芸術劇場/©︎HATORI Naoshi

 

◆プロフィール

植村朔也

批評者。1998年12月22日生まれ。東京はるかに主宰。千葉県出身・在住。スペースノットブランク保存記録。
過去の文章に「柴幸男 劇場の制作論」「その手のもとに「劇場」はある」(演劇最強論-ing webサイト掲載)「質問の陥穽 あるいは、透明性の時代」(スペースノットブランク公式サイト掲載)など。PARAにて「ドラッカーを読んで上演をつくる、集団をつくる」「「ドラマトゥルクの今日(The Dramaturg, Today)」(国際誌『Sound Stage Screen』掲載、英語、2021年)を読む」開講。DaBY ProLab 第1期 乗越たかおの”舞踊評論家【養成→派遣】プログラム”に参加し、スプリング・フォワード取材のため、開催地ダルムシュタット(ドイツ)へ派遣された。

竹田真理 

ダンス批評。1990年代後半、長谷川六・編集発行の舞踊評論誌「ダンスワーク」、季刊「ダンサート」をベースに活動。2000年関西に拠点を移しコンテンポラリーダンスを中心に取材・執筆を続ける。毎日新聞大阪本社版、「シアターアーツ」、演劇評論誌「Act」、ほかウェブ媒体、劇場やフェスティバルのサイト等に寄稿。2019年愛知県芸術劇場主催「鑑賞&レビュー講座」ナビゲーター、以後断続的に担当。国際演劇評論家協会会員。

 

 

◆世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”

Dance Base Yokohama(DaBY)新プロジェクト「世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト”Wings”」を始動しました。
本プロジェクトでは、日本のクリエイターが国際的なプレゼンスを向上することを目的とし、日本を代表するアーティスト、制作者、ドラマトゥルクや批評家の育成、作品の海外での上演、さらなる再演の機会創出を目指します。

プロジェクトの名称は “Wings” (読み方:ウィングス) と付けました。12名のクリエイターが、メンターや講師との対話や海外視察、見本市でのプレゼンテーションなどの研修を重ね、企画・創作・初演・海外発表・再演までのプロセスを体験します。
この活動と同時に、DaBYが国際的に飛躍できる環境整備を行い、クリエイターの活動の場を広げていきたいという思いを表現しました。
尚、本プロジェクトは、文化庁による文化芸術活動基盤強化基金 (※) におけるクリエイター・アーティスト等育成事業の【舞踊部門】で採択された3件の事業*のひとつです。5年程度の活動計画のもと、3年間にわたる弾力的かつ継続的な支援を得て活動を行います。

文化芸術活動基盤強化基金
文化庁令和5年度補正予算において措置された補助金により、クリエイター・アーティスト等の育成及び文化施設の高付加価値化のために行う事業を実施するため、独立行政法人日本芸術文化振興会に文化芸術活動基盤強化基金が設立されました。
こちらの基金により、次代を担うクリエイター・アーティスト等の挑戦・育成が支援されるとともに、その活躍・発信の場である文化施設の機能強化について、弾力的かつ複数年度にわたっての支援が行われています。
*ほかの採択団体は、公益財団法人新国立劇場運営財団、公益財団法人日本舞台芸術振興会 (東京バレエ団)です。

 

▶︎いわきアリオス×Dance Base Yokohama×愛知県芸術劇場 Performing Arts Selection in Iwaki

▶︎柿崎麻莉子『hopee』

▶︎世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”

 

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