愛知県芸術劇場×DaBY ダンスプロジェクト 鈴木竜×大巻伸嗣×evala『Rain』
W.S.モームは、晩年に自身の人生を回顧した著書『サミング・アップ』の中で「自分が自由な行為者であるのか、それとも自分の意思に従って自分を形成している感情は幻想であるのかを知りたかった。人生に意味はあるのか、それとも、自分が人生に意味を付与するように努力すべきなのかを知りたかった。」と語っている。
モームはどちらかといえば厭世的な決定論にたどり着いたようだが、それでも彼自身が残した言葉や、彼が描いた物語の登場人物たちの言動の端々からは、「自律した存在でありたい」という淡い願望を感じる。
短編小説『雨』の物語は、「確かにそこにあるのだけれども目に見えない力」に満ちている。自律した存在であろうとする登場人物たちを抑圧し、絡みつくそれらの「力」の存在は、この物語が書かれてから100年が経過した現代社会を生きる私たちの前にも、変わらず立ち現れてくる。
『雨』の物語で描かれる雨は、そうした見えない「力」の象徴なのではないだろうか。私たちは雨を雨そのものとして捉えることはできず、じめじめして気が滅入る/靴下が濡れて気持ちが悪い/屋根を叩く音で眠れない・・・など、間接的にしか知覚できない。しかし雨は確かに、じっとりと私たちの体を濡らし、心に沁み込んでくる。
こうした私たちに作用する目に見えない「力」と、それによって揺り動かされる人間の心の脆さこそがモームの描きたかったものなのではないだろうか。
鈴木竜
掴めそうで掴めないモームの人間への思いを探るように、人と作品の在り方について多くのドローイングを描きました。単なる装置ではなく、もう一人のキャストとしてダンサーと相対的に存在すること、どのように関わり合うことで新しい運動を起こすことができるのかを考えてきました。
作品は、2012年に発表した『Liminal Air- Black Weight』を原案としています。紛れもない不安とし て直面した東日本大震災に対し、存在の不確かさを受け入れざるを得なかった私は、空間に差し込む光に対比する影にボリュームを与え、触れることのできるものとして実体化を試みました。
ダンサーにとって、今回の美術は制約になるかもしれません。ただダンサーは、舞台上にオブジェクトが存在しているということの認識を溶かして、その異物を身体の一部へと変換していくプロセスを生み出していると思います。最初は異物であるものから、彼らがどう考え反応していくのか、彼らがどのように環境を作って、自分たちの世界にしていくのか。それが舞台で見えてくるのではないかと思います。不自由さこそ、人間の身体の機能の超感覚を呼び起こし、生命体としての力を発揮させます。ダンサーが見せてくれるその身体の可能性が観客の身体をも巻き込んでいくと考えています。
大巻伸嗣
原作では、正しいか正しくないか、理性か本能か、禁欲か快楽かというような二項対立では語れない複雑な人間模様と、その上から延々と降り注がれる、人間の立場とは異なる“雨”という現象によって、人間それぞれの“悪”がどんどん炙り出されていく様が描かれていることが印象に残りました。
本作の音楽を書き下ろすにあたり、登場人物の心理や感情を反映するように音楽をつけるのではなく、人間の手が届かない次元にあり、影響を与え続ける見えない存在としての“雨”をめざしました。一神教の存在が背景にある物語ですが、人間の祈りから生まれた西洋音階を基調とするメロディやリズムがある楽曲ではなく、“雨”のような現象的なものを、いかに“雨ではないもの”で表現できるかという音響探求をおこなっています。
意識の奥側に潜み、身体がとらわれるような湿度や重さ、あるいは匂いとして音楽を感じ取ってもらえたら僕にとって嬉しいことです。
evala
演出・振付: 鈴木竜(Dance Base Yokohama)
美術: 大巻伸嗣
音楽: evala
出演: 米沢唯(新国立劇場バレエ団)、吉﨑裕哉 / 木ノ内乃々*、土本花*、戸田祈*、畠中真濃*、牧野李砂*、Ikuma Murakami*
国内ツアー出演: 米沢唯(新国立劇場バレエ団)、中川賢、木ノ内乃々*、Geoffroy Poplawski、土本花*、戸田祈*、畠中真濃*、山田怜央
香港ツアー出演: Geoffroy Poplawski、土本花*、戸田祈*、畠中真濃*、堀川七菜、山田怜央、Ray Cheung、 Zhang Yutong
*DaBYレジデンスダンサー
プロデュース: 唐津絵理(愛知県芸術劇場 / Dance Base Yokohama)、 勝見博光(Dance Base Yokohama)
プロダクションマネージャー: 世古口善徳(愛知県芸術劇場)
照明ディレクター、デザイン: 髙田政義(RYU)
照明オペレーター、デザイン: 上田剛(RYU)
音響: 久保二朗(ACOUSTIC FIELD)
舞台監督: 川上大二郎(スケラボ)、守山真利恵
舞台監督助手: 峯健(愛知県芸術劇場)、松嶋柚子
舞台: (株)ステージワークURAK(中井尋央、浦弘毅、森田千尋)
衣裳: 渡辺慎也
リサーチ・構成: 丹羽青人(Dance Base Yokohama)
振付アシスタント: 堀川七菜(DaBYレジデンスダンサー)
制作: 宮久保真紀、田中希、神村結花(Dance Base Yokohama)
初演: 2023年3月(愛知県芸術劇場)
企画制作: Dance Base Yokohama
共同製作: Dance Base Yokohama、愛知県芸術劇場
©︎大洞博靖
©︎大洞博靖
◆PERFORMANCE
2023年11月 New Vision Arts Festival 2023 /Studio Theatre, Hong Kong Cultural Centre(Hong Kong)
2023年8月愛知県芸術劇場×DaBYダンスプロジェクト 鈴木竜×大巻伸嗣×evala『Rain』ツアー
・新国立劇場(東京)
・幸田町民会館 さくらホール(愛知)
・J:COM北九州芸術劇場 中劇場(福岡)
2023年3月 愛知県芸術劇場×DaBYダンスプロジェクト 鈴木竜×大巻伸嗣×evala『Rain』 /愛知県芸術劇場 小ホール(愛知)*初演
◆REVIEW
Mercure des Arts チコーニャ・クリスチアン(幸田公演)