PAS2023 柿崎麻莉子×唐津絵理 対談 vol.2 眠れない夜に寄り添う作品に
「パフォーミングアーツ・セレクション2023」にて作品を発表するアーティストとの対談シリーズ。
今回は、柿崎麻莉子と唐津絵理による対談のvol.2をお届けします。
■ vol.1はこちら
唐津:5月のショーイングの際には、観客の方々にも自分の不眠経験を書いてもらうなどフィードバックがあったと思いますが、今はどのようにクリエイションをされていますか?
柿崎:まず最初に、眠りのスペシャリストたちに話を聞きました。眠りがテーマだったので、毎日不眠の方とお話をされている心理カウンセラーの坂田賢隆さんにお話を聞いて、どのように不眠に悩んでいる方々にお話を聞くのか、などいろいろ教えていただきました。坂田さんは「脳は体の一部。風邪をひいたら内科、ケガをしたら外科にいくように、精神の不調を感じたら気軽に精神科に来てほしい」「大事なのは1人で抱え込まない事」と話もしてくれて、その話を聞いているだけで不眠で苦しんでいた私自身が癒されていく感覚がありました。坂田さんに「もし今、不眠でとっても苦しんでいる人に、音楽をプレゼントするとしたら、どんな音楽をプレゼントしますか?」って聞いたんです。そしたら、ミュージカルみたいな、すごく楽しいものをプレゼントしたいって、今の現実の苦しみを忘れるくらい明るくてハッピーなものを渡すことによって、その人は自身が抱えている問題と向き合う勇気を持てるからと話してくれて。私はそれがすごく好きでした。そのアイデアをすごい大事に今も思っています。
他には、布団屋のSleeping Life Murataさんに話を聞いてみたりしました。村田さんは皆の眠りのカードになりたい、悩み事になるまえに相談できる相手になりたいと言っていて、布団屋でヨガをしたり、瞑想クラスをしたり、カレーを売ったりと、皆が布団屋に来やすい環境を作っています。最近は睡眠の質にこだわる若いお客さんも多いみたいです。日本人は5人に1人が不眠と言われていて、現代病の一つとされていますが、過去にもあったんですよね。平安時代の俳句に、あの眠れない夜に私だけ取り残されたみたいだって歌っている人もいると知りました。
そこで、昔の人はどのようにこの夜を乗り越えたのかなと思って、私の身近なおばあちゃんなどに眠りについての知恵袋を聞いて回ったんですね。そしたら、おばあちゃんは、色んなこと知っていて、耳を引っ張ったらいいとか、目を下に向けたらいいとか、ゆっくり横に揺れたらいいとか、適当なことばっかり言うんです。(笑)嘘か本当かわからないけど、そうやって言ってくれるだけで、なぜか救われるところがあるんですよね。私自身の不眠の時にすごく救われたのは、話を聞いてくれる人がいたことでした。日本時間の夜の時間は、ヨーロッパは昼なので、ヨーロッパの友達と連絡取ったりして、「その夜は一人ではない」と感じられることがすごく助けになりました。あとは、友人に「ホットミルクを飲んだら眠れるよ」と言われて、本当かどうかは別として、それを準備して飲んでるだけで心が癒されてる感覚があったんですね。だから、そのおばあちゃんの知恵袋として教えてもらった揺れるという動きや目をロールダウンするという動きを作品の中に取り入れました。
それから私が眠れなかった時に、「自分のベッドの枕元で妖精が踊ってくれたら、夜が楽しいのにな」と思って、想像してたんですね。このような自分が持ってるファンタジーを、作品の中に取り入れたいなと思って、今改めてクリエイションしているところです。
唐津:今作品の進捗はどうですか?
柿崎:5月のショーイングをやってみて、あまり気に入らなかった部分もあったので、それを壊して、創作し直してるところです。アリスさんが再度来日してから一緒に構築する部分と、その前に東京公演に出演してくれる栗朱音さんとクリエイションを進めています。その2段階で本番までクリエイションを行います。
唐津:東京公演に出演いただく栗朱音さんについてもお話を伺いたいと思います。アリスさんと麻莉子さんは、踊りの質感が見間違えてしまうくらいとても似ていると感じているのですが、栗さんはまた違うタイプのダンサーだと思います。東京公演には栗さんが出演されるということで、栗さんのダンサーとして魅力を教えていただけますか?
柿崎:栗さんは、元々クラシックバレエのテクニックを強く持っていて、その後イスラエルの学校に1年間通い、Gagaのクラスなどをたくさん受けて、質感を変化させるような身体性を学んできたダンサーです。日本人には珍しく立体的に体を動かせるダンサーです。以前に、私の作品に出演していただいたこともあります。一番最初のイメージした作品は、アリスと創作することでしたが、アリスと同じダンサーを探そうとしてもいないということですね。そのため、また全く別の個性を持ったダンサーと同じ作品を踊りたいと思って、栗さんのことを想像しました。彼女は身体能力が高いことももちろんですが、想像する力が強くて、自分が想像することを身体に乗せて感情を動かすことができるダンサーなので、私の作品とリンクするのではないかと感じました。
唐津:今、アリスさんがいらっしゃらないため、栗さんと創作されていますが、栗さんとは、どのようなことをやってみていますか?
柿崎:アリスさんの場合は、彼女自身も振付を考えたりすることが好きなので、振付をこのようなイメージで創ってみてほしいっていうように一部お願いしたりすることもありました。栗さんともそのような部分もありますが、これまで一緒に何回もワークしてきたこともあって、私の想像をキャッチしてくれます。そのため、私の持つイメージに対して、2人ではないとできない世界みたいなものを作ることを一緒にやっています。
唐津:アリスさんは、共同振付となっていますが、振付はどのようにされていますか?
柿崎:全体の構成や振付の編集は私が担うことが多いですが、アリスさんに振付の要素を持ってきてもらったり提案をしてもらったりしています。
唐津:また、最初から音楽のことをお話しされてましたよね。音楽についてはいかがですか?
柿崎:全部ではありませんが、ほぼ決まっています。最初にこの『Can’t-Sleeper』として「眠り」をテーマにしようと思った時に、パッと空気、時間のようなものが想像されて、それに合う音楽はピアノだなと感じました。誰のピアノの演奏が良いのかと考えたときに、中野公揮さんの音楽を使いたいと思いました。そして、衣裳については、その想像した時間、空気にどんな色が動いているかと考えた時に、ファンタジー寄りのグレイのようなものがぶれているような印象があったので、チカ キサダさんの衣裳を着させていただいています。そして、写真家の野田祐一郎さんにビジュアル撮影をお願いしました。青い光を繊細に捉えるのが素晴らしい写真家さんで暗闇の中だけど発光している、そこに救いがあるような印象がありました。彼の光の中にいる2人のダンスを見てみたかったので、写真を撮っていただきました。今回のツアーのチラシの写真も、野田さんに撮っていただいたものです。このように、5月にアリスが来日する前にアリス、音楽、衣裳、ビジュアルのイメージができていました。
結局作品でやりたいことは、その夜の時間の暗さではなくて、夜に見出せるポジティブな面です。夜にしか咲かない花のことだったり、夜にしか見えない光、音だったり、そこにある世界からの救い、希望みたいなものに目を向けたいと思ったので、こういうタッグになったんだと感じています。
唐津:愛知、高崎と東京公演のキャストが違いますが、見てほしいところなどありますか?
柿崎:キャストが違うため、2度見ても楽しんでいただけると思います。「眠り」をテーマにしてるので、眠たくなったら寝てほしいと思ってます。(笑)夜布団の中では寝れないけど、劇場行ったら寝れるっていう方もいるかもしれないし、ずっと踊り続けてるから、その安心感もあると思うので、寝てもいいよと思ってます。(笑)
唐津:作品見ながら安心するとか、救いになるみたいな作品になればいいので、そういう意味で、観客の方々には、自由に臨んでいただいても大丈夫ということですよね。
5月のショーイングでは、観客の方とインターラクティブな形になっていたことも印象的でしたが、舞台作品になった時はどのように発展するのでしょうか?
柿崎:私自身は、実は劇場よりもスタジオショーイングの方が観客の方とのコミュニケーションがわかりやすくて、ダンスするのには好きな環境ではあるんです。でも劇場でないとできないこともあると思っていて、私自身もそこがすごくチャレンジだなと感じています。完成された何かを舞台上でも見せて終わりではなくて、観客の方とコミュニケーションを取れるような仕組みを作りたいと思い考えているところです。
唐津:これまで麻莉子さんが活動されてきた、バットシェバやシャローンの作品は、いわゆる典型的な「劇場作品」だと思うんですよ。そのような環境でご自身が踊っていて感じたことはありますか?どちらかというと近年はインターラクティブな作品作りに移行されている部分もあるかと思いますが、舞台上で踊ることとの違いはありますか?
柿崎:大きな劇場でやるとお客さんの顔が見えないため、それがすごく寂しいと感じてました。私は誰に向かって踊ってるのかわからない。ツアーで、本当に何回も作品を上演するのですが、私はステージの中で起こっていることしか感じられなくて。自分の状況の変化や一体どこに向けて踊ってるのかがわからなくなってしまった部分がありました。その反動で、誰に向けて踊っているのかということをすごく意識して取り組んでいるんだと思います。それは変わっていくかもしれないです。
唐津:それぞれの状況やキャリアに応じて、創りたい作品が変わることや見てもらいたい対象が変わるということも、今のダンスだからこそだと思うんですよね。それが、コンテンポラリーダンスがコンテンポラリーである所以でもあると思うし、アーティストによって、どのように社会に関わっていくかということにも繋がると思います。
また、冒頭(vol.1)にお話した「ダンス・セレクション2020」の時に、私がもう一つ感じていたことがあって、それは途中で麻莉子さん妊娠されたんですよね。そこで、妊娠した身体で上演するのか、しないのかという問題がありました。麻莉子さんは、実はその時に別の仕事が決まってたんだけれども、妊娠を契機にして上演ができなくなったという経験をされていて、一方で愛知では上演していただきましたよね。つまり、お腹の中にもう一つの命がある状態でパフォーマンスすることの意味と、危険があるかもしれない中で踊るとなった時に社会的にそれをどう考えるのかという、問題がありました。人間としての麻莉子さんのあり方と、社会的規範の中におけるダンサーとしての麻莉子さんのあり方というような。
特に、その社会性に関しては、私もとても共感する部分がありました。Dance Base Yokohamaでは、今までの既存の価値観を、一旦立ち止まって問い直すことを重視しています。つまり男性主義的な規範の中で、女性がとても生きにくい状況が生まれていますが、それは女性のダンサーや振付家、制作スタッフにとってもすごく顕著に現れてると思います。子どもを持った時に仕事に戻れなくなるみたいなことや、今表面化してきているハラスメントの問題も含めて、麻莉子さんが妊娠したことによって気が付いたことやさらに意識されたことが多くあったように感じました。ソロ作品は、社会に対してメッセージを込めた強く作品ではなかったんだけれども、妊娠した柿崎麻莉子が踊ることによって、すごく大きな社会性を持った作品になったと思うんですね。それはすごく意味があって、子どもが生まれた後に、アーティストとして生きていく中で、どのように変化していくのかが見たいなっていう風に実は思っていました。
柿崎:私はこの3年間で、妊娠中から産んですぐ、今は子どもを連れてくるみたいな産後の経過をDaBYさんと一緒に過ごさせてもらってて。唐津さんもスタッフの皆さんも、私の娘とたくさん遊んでくれたり、抱っこしてくれたり、当たり前のようにやってくれているっていうことがすごくありがたいなと思っています。男女平等っていう言葉があるけれど、男性も女性も同じように仕事につけるだけではないと思ってて、女性は結婚したり、子どもを産んだり、身体の変化も男性に比べて大きいと思うんですよね。その変化に合わせて、その会社や社会が柔軟に対応していくっていうことところまで行ってやっと男女平等になると思っていて。今DaBYさんが私のさまざまな身体の変化に合わせて、サポート体制を変化させてくれていることがすごいありがたいです。
唐津:社会全体がそういう風になっていくと良いですよね。それと同じように、アーティストが表現していくことそのものも、作り方も変化していくと思います。それを共有できないともったいないなと私は思っています。この作品がどういう状況で作られているか、舞台上で作品を鑑賞するだけでは普通分からないですよね。でもここまで話してきたようなことがあるから、この作品が生まれている。作品は作品として評価すべきということも一つの真理だと思いますが、コンテンポラリーである以上、なぜこの作品が生まれているのかという、すごい長いアーティストの葛藤や社会との関係性を知って鑑賞すると、お客さんももっと関われると思うし、共感できる部分が増えていくのではないかなと感じています。このインタビューも含めて、共感できるような接点を増やしていくっていう作業ができるといいなと思っています。
ありがとうございました。
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パフォーミングアーツ・セレクション2023
愛知|
9/16(土)14:00/18:30・17(日)14:00
愛知県芸術劇場 小ホール
高崎|
9/21(木)18:30
高崎芸術劇場 スタジオシアター
高槻|
9/30(土)17:00
高槻城公園芸術文化劇場 大スタジオ
東京|
10/21(土)14:00/18:00・22(日)14:00
東京芸術劇場 シアターイースト
ツアー詳細|
https://dancebase.yokohama/main2/event_post/pas2023-tour
*会場によって上演作品が異なりますので、ご確認の上お申込みください。
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