ニジンスキー以後――舞踏の精髄の継承について:阿目虎南『R/evolution(s)』/ 岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』ワークインプログレス ダブルビル評

阿目虎南『R/evolution(s)』/ 岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』ワークインプログレス ダブルビル|Dance Base Yokohama
2025年7月18日(金)に開催されたワークインプログレスダブルビルで、阿目虎南と岩渕貞太のふたりは強い共振を示した。バレエ作品『牧神の午後』を思わせる振付が、いずれの上演にも用いられていたのだ。
『牧神の午後』はドビュッシー(*1)の「牧神の午後への前奏曲」に基づいてつくられたバレエ・リュス作品で、ヴァーツラフ・ニジンスキーが初めて振付を行い、それまでの古典的な様式を否定してモダン・ダンスの先駆けとなった記念碑的存在として知られる。しかしここで『牧神の午後』が重要なのは、ニジンスキーによって貫通された舞踏史におけるひとつの系譜に阿目と岩渕がともに位置づけられうることが、確かめられるからだ。岩渕はニジンスキーを主題的に扱った直近のエッセイのなかで、次のように記している。
昔、麿赤兒が率いる大駱駝艦という舞踏カンパニーのワークショップに通っていた。そこで「ニジンスキー」という、『牧神の午後』のポーズをモチーフとした型を習った。大駱駝艦出身である舞踏家・室伏鴻の稽古でも「ニジンスキー」の型を練習した。
しかし舞踏家らにとってニジンスキーの存在は、舞踏史における単なる振付上の参照項というにはとどまらないものだった。越智雄磨が「覚書、室伏鴻とニジンスキーについて」において指摘したように、暗黒舞踏の祖である土方巽からそのもとで学んだ室伏に至るまで、ニジンスキーはその踊りの髄にも及ぶ表現の源としてあった。ニジンスキーと舞踏はその狂気、私を脱した他なるものへの生成という点で、エッセンスを共有していたのだ。その上で越智によれば、ニジンスキーは狂気の側へと完全に至ってしまったのに対し(晩年ニジンスキーは、今でいう統合失調症の診断を受けている)、舞踏には正気と狂気とのはざまに立ち止まるためのモメントがあった。そして室伏の場合、このはざまの領域に立ち至るために探求されたものこそが痙攣の身振りであったと越智はいう。阿目と岩渕の場合、狂気、という言葉を用いてそれを捉えることが正確かはわからないが、私がかれらの踊りに共通して見出したのも、この脱我的な境地に至らんとする痙攣の身振りであった。
(*) 余談だが、同じくWings参加アーティストのスペースノットブランクは2025年1月にDaBYで『ダンス作品第1番:クロード・ドビュッシー『練習曲』を上演している。
阿目虎南『R/evolution(s)』/ 岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』ワークインプログレス ダブルビル|阿目虎南『R/evolution(s)』 Dance Base Yokohama
阿目虎南は、2008年から2019年にかけて大駱駝艦に参加し、麿赤児に師事した。その『R/evolution(s)』のWIPを私が観るのはこれが二回目であり、一回目の上演についてはすでに評をものしている。3月のWIPでは十数名ものダンサーによる群舞が舞われたのに対し、今回はオーディションにて選ばれた4名の女性による上演で、作品の無機質かつミニマルな質感がより際立っていた。出演者らは無地の白い衣装を身にまとい、今めかしいいで立ちだが、目元がくっきりと黒く隈取られているのが印象的だ。
公転を意味するrevolutionの語を題に冠した同作は、特定の身振りやシークエンスを反復する循環的な構造を持つ。天体の非情な運動に準えうるようなこの求心的構造のただなかにあるダンサーらの身体にはしかし、そこから逸脱するモメントも潜在していたように思う。身体の重心は低く保たれ、俯いた顔の表情も判然とはしない。不規則な息づかいのなか、身体の隅々の微細な振動を痙攣的に続けるダンサーらは、人でも獣でもないなにか異形の存在へと変成してしまったかのような見えをした。「私」を手放すことによって、全体性への回収をかえって免れるといったような逆説がこの作品を支えているコンセプトなのだろう。それでいて、作品全体としてはシャープでスタイリッシュな覚め醒めとした質感が支配的であり、「私」と、「私」でなくなることとの往還までもが、revoluionの語に含意されているように思われもする。

阿目虎南『R/evolution(s)』/ 岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』ワークインプログレス ダブルビル|岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』 Dance Base Yokohama
岩渕の『大いなる午後:the soft machine xxx』も阿目同様3月に一度WIPを経ての上演だが、私はこちらは初見であった。最初のシークエンスではドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」が流され、跳躍や回転を排した、静的で平面的な立ち姿が淡々と繰り出されていく。その踊りは、振付家ニジンスキー第一作を確かに思わせるものである。
ところが、ダンサーらは次第に重心の安定性を喪失してゆき、コンタクト・ムーヴメントを中心としたシークエンスが次に展開する。おそらく、ここでは合気道か、それに類する武道における身体のありようが参考にされていたと推察する。しかし岩渕の上演においては合気道がふつう前提するところの重心の安定性は問題にされておらず、身体のいたるところに姿勢を突き崩すための支点が縦横無尽に見出され、互いが互いをふにゃふにゃの軟体動物のようにしてしまうような技の応酬がみられた。いまやダンサーたちは身体の中心を喪失する。あるいは、全身がすなわちその中心となる。
ここにみられる身体性を、「器官なき身体」と言おうと思えば言えるかもしれない。しかしそれが躊躇われるのは、上演の全体をやけに理知的な落ち着きが支配していて、上記の身振りもどこかシステマチックに展開されて行くからだ。岩渕は作品のステートメントのなかで「身体は、現代のテクノロジーにはまだ再現しきれない、豊かで精密な機構を備えたsoft machineなのではないか」という仮説を提出しているが、ここでsoft machineの語でいわれようとしているのは、この種の身体性であろうか。
身体の中心を喪失したダンサーらはやがて、痙攣の身振りとともに、声にもならないような奇声を上げ始める。このシークエンスを大変魅力的に踊っていたのは、小暮香帆である。岩渕と酒井直之が、狂人や赤ん坊、獣などの表象として、わりにストレートに解釈可能な声や身振りを示したのに対し、小暮は何者にもとどまることなしに、次々に奇怪な声や身振りを発して、未知の他なるものへの生々流転を洒脱に体現していたように思われたからである。しかもその身振りは、平熱、と呼ぶのが似つかわしい温度感で、狂気や獣性の一歩手前のこの身において具現されていく。
阿目にせよ、岩渕にせよ、その作品づくりは舞踏という語に紐づけられてきた様式的なイメージを素直になぞるものではない。二人の上演を観ても、そこにいわゆる舞踏らしさを認めない観客はおそらく多いのではないか。しかし両者の上演に示された脱我的境地に至らんとする痙攣の身振りと、そのさなかに示される正気らしい落ち着きとからは、「ニジンスキー以後」の歴史の厚みを引き受けながら創作を続けている二人による、舞踏の精髄の継承の努力が窺われたのである。
2026年4月23日
植村朔也
メンター:乗越たかお(作家・舞踊評論家)
◆プロフィール
植村朔也
批評者。1998年12月22日生まれ。
過去の文章に「柴幸男 劇場の制作論」「その手のもとに「劇場」はある」(演劇最強論-ing webサイト掲載)「質問の陥穽 あるいは、透明性の時代」(スペースノットブランク公式サイト掲載)など。PARAにて「ドラッカーを読んで上演をつくる、集団をつくる」「「ドラマトゥルクの今日(The Dramaturg, Today)」(国際誌『Sound Stage Screen』掲載、英語、2021年)を読む」開講。DaBY ProLab 第1期 乗越たかおの“舞踊評論家【養成→派遣】プログラム”に参加し、スプリング・フォワード取材のため、開催地ダルムシュタット(ドイツ)へ派遣された。
乗越たかお
作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社ジャパン・ダンス・プラグ代表。06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。著書は『舞台の見方がまるごとわかる 実例解説!コンテンポラリー・ダンス入門』(新書館)、『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!?』(NTT出版)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『ダンシング・オールライフ 中川三郎物語』(集英社)、『アリス ~ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語 』(講談社)など多数。
現在雑誌「ぶらあぼ」で連載中。舞踊評論家[養成→派遣]プログラムメンター。オンライン『ダンス私塾』主宰。
◆世界に羽ばたく次世代クリエイターのためのDance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”
Dance Base Yokohama(DaBY)新プロジェクト「世界に羽ばたく次世代クリエイターのための Dance Base Yokohama 国際ダンスプロジェクト“Wings”」を始動しました。
本プロジェクトでは、日本のクリエイターが国際的なプレゼンスを向上することを目的とし、日本を代表するアーティスト、制作者、ドラマトゥルクや批評家の育成、作品の海外での上演、さらなる再演の機会創出を目指します。
プロジェクトの名称は “Wings” (読み方:ウィングス) と付けました。12名のクリエイターが、メンターや講師との対話や海外視察、見本市でのプレゼンテーションなどの研修を重ね、企画・創作・初演・海外発表・再演までのプロセスを体験します。
この活動と同時に、DaBYが国際的に飛躍できる環境整備を行い、クリエイターの活動の場を広げていきたいという思いを表現しました。
尚、本プロジェクトは、文化庁による文化芸術活動基盤強化基金 (※) におけるクリエイター・アーティスト等育成事業の【舞踊部門】で採択された3件の事業*のひとつです。5年程度の活動計画のもと、3年間にわたる弾力的かつ継続的な支援を得て活動を行います。
文化芸術活動基盤強化基金
文化庁令和5年度補正予算において措置された補助金により、クリエイター・アーティスト等の育成及び文化施設の高付加価値化のために行う事業を実施するため、独立行政法人日本芸術文化振興会に文化芸術活動基盤強化基金が設立されました。
こちらの基金により、次代を担うクリエイター・アーティスト等の挑戦・育成が支援されるとともに、その活躍・発信の場である文化施設の機能強化について、弾力的かつ複数年度にわたっての支援が行われています。
*ほかの採択団体は、公益財団法人新国立劇場運営財団、公益財団法人日本舞台芸術振興会 (東京バレエ団)です。
▶︎岩渕貞太『大いなる午後:the soft machine xxx』
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